愛と真理の探求者 おけい

愛と真理の探究記録

親父

お久しぶりーふ ヾ(≧▽≦)ノ

久しぶりに書きます。

今日は親父について。。

 

我が家は親父に『恐怖』で支配された家庭でした。

僕が中学を卒業する頃まで、家族は親父の顔色を伺いながら生活してきた。

本当に無茶苦茶だったし色々あった。

中学を卒業して間もなく別居し、程なくして離婚した。

僕は解放され自由を手に入れた。やりたい放題に生きた。

それからは親父に会うこともほとんど無くなった。

最後に会ったのは、、たぶん13年位前かな?

親父が入院したので弟と会ってきた。(死ぬと思ったから)

見る影も無く弱々しい親父を見て「会うのはこれで最後だろう」と思った。

 

3年前の冬。母親から電話で「お父さんが死んだらしい」と聞かされた。

大阪のアパートで死んでいたらしい。孤独死ってやつ。

どうでも良かったので「そっか」と電話を終わらせた。

 

今年に入り、僕は人生をより意識的に生きていくことに取り組みだした。

家族や友人、結婚や子供、仕事や趣味、、

あらゆるコトと向き合って生きるのに親父のコトは避けては通れないと感じた。

と言うより、親父と向き合いたかったのかもしれない。。

2月頃から親父の墓を探し始めた。

最初は真剣に一生懸命に探してはいなかった。が、、方々に電話(警察、市役所、葬儀社

、疎遠の従兄弟)して調べてるうちにどうしても見つけたくなった。使命みたいなものを感じたのかもしれない。

そして先日とうとう見つかった。

 

親父は大阪の豊中市のアパートで1人暮らしだった。

発見された時は死後1ヶ月以上経過していたようだ。

母親は遺体の引き取りを拒否。

親父の遺体は叔父や叔母たちにも拒否されていた。

見事に無縁仏となった親父は市が引き取り火葬してくれたようだ。

その後は石川県輪島市にある『曹洞宗 総持寺 祖院』とゆう立派なお寺で供養して貰っているとのことだった。。

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早速だが日曜日に行って参りました。

遠かった。。。

総持寺』は本当に立派なお寺だった。

綺麗な花も添えられていた。

滞在時間は短かったが手を合わせて語り掛けてきた。

『アンタを許すよ。俺が今生きてるのはアンタのお陰だ。ありがとな。』

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親父は僕と同じだったんだと思う。

愛し方がわからない。

愛され方もわからない。

ただ愛して欲しかっただけ。

ずっと孤独だったんだろうな。

死ぬまでも、、死ぬ時も、、

でも、きっともう寂しくないだろう。

たくさんの人と一緒に眠ってるんだ。

良かったな!

そっちで友達作れよ!

そして、

生まれ変わったら幸せになれよ!!

 

協力して下さった方々に感謝です。

同行してくれた彼女をはじめ、

従兄弟のまーくん(20年ぶりに話したね)

豊中警察の方々(親切だった)

豊中市役所福祉課の方々(いい加減だったけど、、)

葬儀社「公益社」(担当して下さった方は最高に親切だった)

皆さん本当に有難う御座いました。

 

親父の墓探し!

これにて完結!!