愛と真理の探求者

愛と真理の探究記録

【愛する技術と習練】

今日は前に書いた『愛するということ』の続きです。

「愛するには技術が必要」だと書きました。

なので今回は『愛する技術』について書きたいと思います。

unchain-kei.hatenablog.jp

 

愛する技術を学ぶ前に最も大切なことは、自分のことを好きでいることです。

今の自分のあるがままを受け入れる。

ありのままの自分でいられる感覚。

いわゆる『自己受容』というやつです。

『自己肯定』ではなく『自己受容』です。

無理に自分を肯定する必要はなく、どんな自分も受け入れてあげるんです。

自己受容についてはコチラ↓

https://www.instagram.com/p/C4hfpWjLT5d/?igsh=MWtyZjNnamtyMGFtYQ==

自己受容するためには↓

https://www.instagram.com/p/C42OmIGrlbW/?igsh=NWlyZ2l2dmd2YnMw

自分を好きになれない人は自分を大切に出来ません。自分を大切に出来ない人は、本当の意味で他人を大切にすることなんて出来ないんです。

なので、『自己受容』は他人を愛することの前提条件です。

 

さて、それでは『愛する技術』に進みます。

前のブログ【愛するということ】で書きましたが、他人を愛するということは『そのままのその人を大切にする』ということです。

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《愛する技術》

【介入しない】

『そのままのその人を大切にする』とは、他人の課題に介入しないということです。

アドラー心理学では『課題の分離』なんて言われています。課題の分離には「介入されない」ことも含みます。

介入とは求められてもいないのに、口出ししたり助けたりすることです。 他人の課題に首を突っ込む行いは、利己的で自己中心的な行為です。

【共感する】

「愛の反対は無関心」というマザーテレサの言葉は有名ですね。

共感するというのは、相手に関心を持ち、相手の立場になって感じたり考えたり、その人の人生の背景を想像することです。共感の最初のステップは「相手の関心事に関心を寄せる」ことです。相手の趣味や好きなことに関心を持ってやってみると、その人の感じていることや考えていることが想像しやすいと思います。

【尊敬する】

尊敬とは、相手の言動や存在に尊敬の念を持つこと。すなわち、その人の信念(正しさ)を知り大切にするということです。たとえお互いの信念に違いがあったとしても、否定することなく「アナタはそのように考えるのですね」と受け入れることです。

【援助する】

 援助とは、その人が目的を果たす為の協力をすることです。

援助するというのは、その人が果たしたい目的の過程を代わりにやってしまうことではありません。代わりにやってしまっては、その人の成長を阻害していることになります。

例えば、貧困に喘ぐ村落のために魚を釣ってあげます。これでは村の人々は、また飢えるかもしれません。村の人々が自ら食料を調達できるように釣り方を教えてあげるのです。

勿論、相手の人が「臨んだ時」にそのように援助します。望んでいない人への援助は介入であり、押し付けであり成長の阻害です。

 

【介入しない】(課題の分離)が出来ていないと他の3つは何も意味を成しません。

【共感する】【尊敬する】で相手を深く知ろうとし、そのままのその人を敬い受け入れます。

【援助する】いつでも援助できる、協力する姿勢で見守るのです。

 

以上の4つが他人を『愛する技術』です。

4つの技術を用いて人と接している状態を『愛』といいます。愛する技術は友人、恋人や配偶者、子どもにも全く同じように使います。

そしてこの技術を習得するためには、ひたすら練習するしかないのです。

幼い頃から後生大事に抱えてきた「人生の癖」と向き合い矯正しながら、愛する技術で人と接する習練を積むんです。

失敗しても諦めず、一歩進んで二歩下がってもやり続けるんです。いつか習練した先に、真に『愛するということ』が出来るようになるんです。

 

これも前に書いたことですが、愛は自然と湧いてくるものではありません。運命の人なんてのもいません。

他人を愛するということは、「この人を愛そう」と決意することです。愛そうと決意し、意識的に愛し続けた結果、運命の人になるんです。

 

現実の社会では実際に『愛』とは何なのか、曖昧な意味付けをしている人が多いように感じます。

自分都合の『愛』を押し付ける人も多く見てきました。

そもそも愛が何かわからない、だから『愛し方がわからない』人が溢れているんだと思います。私もその一人でした。

 

「愛してる」と言いながら、恋人や子どもに介入する人は、恋人や子どもを見下しています。

「愛してる」と言えば他人をコントロール出来ると考えているか、他人を支配するための暴力や暴言を使う自分への免罪符か何かと考えているかもしれません。

「愛してる」と言えば何をやっても許されるわけではありませんよ?

 

さて、

『愛する技術と習練』について書かせて頂きました。もし読んでみて「なるほど」と思って頂けたら幸いです。

私も習練の途中です。

奥さまや娘に介入してしまうこともあります。

それでも諦めずに練習を続けています。

 

ご紹介した『愛する技術』は、アドラー心理学で言う【共同体感覚】の基礎です。

共同体感覚は人間が幸せに生きるために必要な感覚です。

まずは世界中の人々が『愛する技術』で人と接することが出来たなら、今よりも平和な世界になると考えています。

 

大切な人たちを大切に

 

読んで頂きありがとうございました。

愛と真理の探求者でしたm(_ _)m

 

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