愛と真理の探求者

愛と真理の探求記録です

人間とはなんなのか

お久しぶりです。

愛と真理の探求者でございます。

そろそろブログを書きたいな、(自分のために)書かなきゃなと思っていたのですが、バタバタと忙しく2026年に突入してしまいました。

さて、今回は『アドラー心理学』をじっくり学び、人々と関わり観察し実践してきた、自称「人間知の天才」wである私が『人間について』書いておきたいと思います。(文章力は凡人以下ですのであしからず)

なんだか大それたタイトルですが、生物学的な話ではなく、あくまで人間の心やマインドのお話しでございます。気軽に読み進めて頂けたら幸いです。

【人間とは何か?】

100年以上前の児童文学「トムソーヤーの冒険」で著名なマーク・トウェイン(1838-1910)が、当時としては衝撃的な本を書いています。『人間とは何か?』と題したその本には、「人間は機械と同じ」と書かれていました。人間は生まれた時からその性質が決まっているのではなく、それぞれ生まれながらの気質はあるものの、外部からの影響でいかようにでもその性質は変化しうるということです。

当時の私は『人間とは何か』を読んで大いに共感したことを覚えています。その後、アドラー心理学(個人心理学 individual psychology)をじっくりと深く学び、その考えは確信に変わっていきました。

マーク・トウェインと同じ時代を生きたアルフレッド・アドラー(1870-1937)は、精神科医、心理学者として多くの人々を治療、観察して人間の心理を解き明かしました。マーク・トウェインが唱えた説を裏付けるかのようにアドラー心理学で詳細に残してくれています。

2人が共通して言っていることは「生まれた時から性格は決まっていて、性格は死ぬまで変わらないもの。」ではなく、『人間は変われる』『性格は変えられるもの』なんだということ。何歳になっても、死ぬ前日まで性格は変えられるとアドラーは言っています。

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【ライフスタイル】

アドラー心理学では性格のことを『ライフスタイル』と表現します。厳密にはライフスタイルは性格の源のようなものです。「性格≒ライフスタイル」です。ライフスタイルは人生の課題に向き合う時に顕著に現れます。人生の課題とは主に「仕事」「交友」「愛」の3つを指します。アドラー心理学ではこの3つの課題と向き合うことで豊かで幸福な人生を歩めるとしています。

アドラー心理学のカウンセラーを育成しているヒューマンギルドによるライフスタイルの解説を2つ載せておきます。

①個人の人生に一貫する、その人特有の思考(信念)、感情、行動のスタイル。

②自己と世界の現状および理想についての信念の体系。

・自己概念《自己の現状》

「私は◯◯である」という信念群

・世界像《世界(周囲の人々)の現状》

「世界(周囲の人々)は◯◯である」という信念群

・自己理想《自己と世界の理想の状態》

「私は◯◯であるべき」という信念群

「世界(周囲の人々)は◯◯であるべき」という信念群

個人差はあるもののライフスタイルは、だいたい10代で成長を止めておおよその型が決まると言われています。(10歳〜18歳くらい)

【外部からの影響】

ライフスタイルは外部からの影響で作られるのだとしたら、どの段階から影響を受けているのか?それは母親のお腹の中に命を宿した時から影響を受けていると私は考えています。母親が食べるものはもちろん、母親の感情、父親の怒鳴り声、大きな音や衝撃など、少なからずライフスタイルの原型(気質)に関係していると思っております。

「外部からの影響」について書いてきましたが、同じ環境で育った兄弟姉妹が全く違った性格になることがあります。外部からの影響のみでライフスタイルが作られるわけではありません。持って生まれた気質と、生まれた時から強化と変化を続けている信念によって、「その人特有のライフスタイルに沿った主体的な選択」を繰り返すことでライフスタイルは形成されていきます。重要なのは『環境』と『主体的な選択』です。

【パターンを使い続ける】

人間は10代の頃に型作られたライフスタイルを後生大事に使い続けます。なぜ10代でライフスタイルのアップデートを止めてしまうのか?それは、周りの大人たちのライフスタイルが10代で止まっているからです。「まぁ私もこれで大丈夫だろう」と判断するわけです。あなたも、あなたの周りの大人たちも、子どもの時から使っているパターンを繰り返していることにお気付きになりませんか?怒れば他者は言うことを聞いてくれる。泣けば優しく構ってもらえる。「見て見て!私すごいでしょ!?」と褒めてもらおうとする。そんな子どもみたいな大人が増えたことにより、そんな大人たちに囲まれて子どももライフスタイルの成長をやめてしまうんでしょうね。

人間は上手くいった事例を元に、その上手くいった方法を訓練することで反応をパターン化しています。自動的に感情を選択したり、咄嗟に見栄を張ってしまったり、楽しくもないのに笑っていたり。そのパターンは自分の人生にとって有益なのか、人生の課題と向き合えているかどうかをしっかりと精査しなくてはなりません。でなければ不適切なパターンを死ぬまで使い続けることになるかもしれません。

【共同体感覚】

人間は社会的な生き物であり一人では生きていけません。他者や社会と適切に関わることが出来ていれば豊かな人生を歩めることでしょう。しかし、他者や社会と適切な関わりが出来なければ、人生は辛く苦しいものになります。

アドラー心理学は個人の『共同体感覚』が育っているかどうかを見ることで、社会と上手く折り合いをつけて生きているかどうかを見定めます。共同体感覚はライフスタイルと大きく関係していて、ライフスタイルが健全でなければ共同体感覚が育ちません。なのでアドラー心理学では不適切なライフスタイルを健全なライフスタイルに変えて、共同体感覚を育み、他者や社会と適切に関わるよう提案をしています。

『共同体感覚』についての説明は以下です。

他者や世界に関心を持ち、自分の所属する共同体に対する所属感や貢献感があり、お互いが尊敬し合う関係で信頼感や安心感で満たされ、お互いが競争原理ではなく協力原理で結ばれているような、そんな意識。

  • 所属感
  • 貢献感
  • 信頼感
  • 協力
  • 尊敬
  • 自己受容感

共同体感覚は上の六つがキーワードです。テストに出ます。(出ません)

(↑たぶん誰かの本からの引用なのですが、誰の何て本なのか全く覚えていません。すみませんww)

【人間の選択と行動】

人生は生まれてから死ぬまでずっと選択の連続であり、小さなことから大きなことまで常に選択しています。パターン化された生き方だと、当たり前のように無意識に物事を選択しています。思考や感情も常に自分が選択しているんです。

人間は社会的な生き物であるため、思考や感情や行動は「他者とどのように関わるか」を最も重要視しており、自分が人々にどう見えているか、自分をどう見せたいかが行動原理としてあります。

以前に書いたブログ『アドラー心理学5つの理論』に簡単な説明を付け加えて人間の選択と行動について考えてみませう。

unchain-kei.hatenablog.jp

《アドラー心理学 (ザックリ)5つの基礎理論》

  1. 主体論(自己決定性)・人間は、自分の人生の主人公である
  2. 目的論・人間の行動には目的がある
  3. 全体論・人間を分割できない全体の立場から捉える
  4. 認知論・人間は自分流の主観的な意味づけを通してものごとを把握する
  5. 対人関係論・人間のあらゆる行動は対人関係である

そして今回、アドラー心理学を使って伝えたいことは以下のようになります。

  • 人間はそれぞれ『人生の目標』に向かって生きています。ライフスタイルによっては悲劇的な目標に向かって生きている人もいます。
  • 人間の行動には必ず目的があります。その目的は他者に影響を与えようとしています。
  • 人間のあらゆる行動は対人関係行動である。行動には相手役が存在しています。相手役は複数人の場合もあります。
  • 人間は感情を選択しています。その感情は優越したいという目的に繋がっています。

要は、人間の行動は他者に影響を与えようとする行動であり、全てが一貫して目標に向かって選択しているんです。

『人生の目標』はエリック・バーンの「人生脚本」に近いように思います。ちなみにエリック・バーンの「人生脚本」は確かライフスタイルの考え方がベースになっていたと思います。

ライフスタイルを変えることで、人生の目標(人生脚本)を書き換えることができます。

【記憶の曖昧さ】

人間の記憶は結構あてになりません。なぜなら自分の都合の良いように書き換えてしまうからです。人間は見たいものしか見ないし、聞きたいことしか聞かないものです。都合の悪いことはすぐに忘れます。さらに体験に対してライフスタイルに沿った意味付けをすることで体験自体を違った事象として記憶しています。過去に同じ体験をした複数人で話しをしてみるとよくわかります。自分のことをよく話す我が子と話していると「書き換えた」ことに気づくことがあります。

記憶を書き換えた本人は嘘をついているわけでもないし、悪気はまったくありません。状況にもよりますが、聞き流せる時はそっと聞き流してあげましょう。

【仏陀さんの教え】

私は以前にもアドラー心理学と仏教の親和性について書きましたが、改めて仏教の視点から人間を見てみましょう。

仏教は人間の欲望を戒めています。中道心がけて生きよ。他者のために生きよ。とアドラー心理学と近しい考え方を説いています。

人間は数多の煩悩にまみれており、修行の末に煩悩を滅することで穏やかな悟りの境地へ赴くとされています。煩悩を滅するとは、エゴを滅するということであり、自我を滅するということ。すなわち諸法無我に繋がります。

エゴとは自己への執着です。一般的には利己主義な人、自己中心的な人のことを指す言葉として使われますが、まぁ同じようなことです。怒ったり、泣いたりはアピールする行為です。「私がこんなに怒っているのはお前のせいだ」「あなたのせいで私はこんなに悲しんでいる」「私が」「私が」と私のことばかりになっている状態が自己執着でありエゴです。自分のことばかりになっている人は、平気で他者を傷つけられるし、自分を守るためならなんだってやります。

本来の仏教は人間の人生の儚さや醜い部分に焦点を当てることで、今この瞬間を大切に生きることを説いています。「不適切に生きてる時間はもったいないよ、人生は短いんだから仲間と豊かに生きましょうね。」と2500年前からアドラー心理学と同じことを言っているのが仏教です。仏陀さんの教えは凄いですね♬。

アドラー心理学を好きな人は、仏教に触れてみるのも面白いと思いますよ。(私は仏教徒ではありませんけどね)

【豊かに生きるとは】

結局、豊かに生きるってどうゆうことなのか?かつて偉業を成した「偉人」と呼ばれる人たちが、家族や友人との時間を悔やんで死んでいった話を聞いたことはないですか?ビジネスで成功しても、お金持ちになっても、あらゆる欲を満たしたとしても、今際の際に大切な人たちに心から惜しまれて見送られなければ寂しいものです。死に際に「あの時はあんな楽しいことがあったね。」「あの時期は一緒に辛い想いをしたね。」と共に感じられる人々に見送られたいものですよね。豊かに生きるということは、家族や仲間と時間を共に過ごし、人々と深く繋がり生きていくということです。

大切な人に伝えたいことを伝えずに、大切な人とやりたいことをやらずに死んでいくのはもったいないと思うんです。家族に「愛してる」と伝え、子どもと笑って遊び、子どもの成長に日々驚き、仲間と喜びや悲しみを共有しながら何かを成し遂げる。最近、誰かとハグをしましたか?誰かと握手を交わしましたか?

豊かに生きるということは他者と繋がることから始まります。

【勇気の心理学】

アドラー心理学は「勇気の心理学」といわれています。なぜ「勇気の心理学」なのか?世の中には悪事を働いたり、引きこもったり、ワーカホリックだったり、不健全に生きようとする人たちがいます。その人たちは他者と健全に交わる勇気を挫かれてしまった人たちなのです。アドラー心理学はそんな人たちに勇気を取り戻してもらうため、そして人々に勇気を持ち続けてもらうために「勇気づけ」をする心理学です。アドラー心理学に触れると自分は他者の勇気を挫いていないか?自分がどう在れば他者を勇気づけられるのか?など気づかせてくれます。恋人や夫婦、親子や友人、職場の同僚などとのあらゆる場面で役に立つ「伝え方」や「立ち居振る舞い」なんかも学ばせてくれますよ。

なんて役立つアドラー心理学!!笑

【終わりに私のこと】

最後に私の話を少しだけ。

私は、まぁそれなりに崩壊したデンジャラスな家庭で育ちました。父親は暴力で家族を支配していて、母親はよくボロ雑巾のようになっていました。見かねた兄が助けに入って返り討ちにあっていたと記憶しています。よく夫婦喧嘩をしていて、父親の怒鳴り声と母親の啜り泣く声が聞こえていました。私は小学生の頃に「父親を殺したらどうなるの?」と兄に相談したことがあります。そんな家庭で育った私は学校で悪事を働くようになり、暴力が日常の荒んだ小学生でした。母親はよく学校に呼び出されていました。それでも父親が怖かったので中学に上がっても目立った不良にはならなかったんですが、中学を卒業して間も無く両親が別居し始めまして。タガが外れたように夜な夜な遊びまわり、暴走、喧嘩、窃盗、恐喝など、不良がやることは一通り網羅したと思います。(誠に申し訳なく思っております)

そんな私のライフスタイルが健全なわけもなく、30代の後半までチンピラみたいな生き方をしておりました。気付けばクソみたいな人生を歩んでいたわけです。「幸せになりたい」と心から思った時から10年以上の月日が流れ、このブログを書いている今は47歳になりました。東洋哲学や仏教、アドラー心理学を学び実践してきた私は、今では「幸せ」を実感して生きることが出来ています。

「人生を変えるんだ」「幸せになるんだ」「私は変わるんだ」と心に決めて行動し続ければ、人間は変われるし必ず幸せに生きられる。心に決めさえすれば、人間は何にだってなれるんだよと思っています。

マーク・トウェインが伝えたかったことは、このことなんだなと改めて思います。人はいかようにでも変われるし、何にだってなれるんだと。人間は希望に満ちた生き物なのだと。

【ありがとうございました】

今回はいつものアドラー心理学と仏教に加えて私の過去の話を元に「人間について」を少し書かせて頂きました。ここ最近のまとめのようなブログになりましたが、いかがでしたでしょうかね?自称「人間知の天才」による『人間とはなんなのか』でしたww

さて最後になりますが、私が変わるまで忍耐強く見守ってくれた奥さまと、こんな私を大好きでいてくれる娘に心からの感謝を日頃から伝えるようにしております。いつも本当にありがとう。拙いブログを最後まで読んでくれた皆さまにも心より感謝申し上げます。このブログが何かのヒントになり役に立てたなら幸いです。

ありがとうございました。

 

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今回はご近況報告でーーす

【愛と真理の探求生活】

私事では御座いますが、ご報告をさせて頂きます。

このたび、私は「綺麗な水で田んぼがやりたい!」ってのと、新しい事業を始めるべく、欲しかったガレージ倉庫付きの物件を岐阜の田舎にてGETしましたー。(倉庫と作業場と事務所的な)テッテレー♬

f:id:unchain-kei:20251016005250j:image(仮で作ったロゴ)

これが、、けっこうボロいんですよね〜笑

購入前の写真を添付しておきます。

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少しリフォームをしようと業者さんに見積もりを取ったのですが、、、まぁまぁそれなりの金額で見積もりを出して頂きました。ついでにアレコレ不具合が見つかり、「兎に角なるべくDIYだな!!」と覚悟を決めました。なんでも自分でやるマン。(屋根に関しては瓦屋さんに少しメンテナンスを依頼する予定)

離れの雨漏りが見つかり、急いで応急処置を施して雨漏りは止まりましたが、内装が傷んでしまっているので、、離れは一旦放置です。あはは笑

主に私が使いたいのは母屋(赤い瓦)とガレージで、離れはどうしようか悩んじょります。大きさや作り的に何でもやれそう。大きいので1世帯住める広さがあります。農シェアハウスもありかなーと。

先ずは母屋を寝泊まり出来るレベルまでDIYして、なるべく早く新しい活動を始めたいなと思っております。まずは寝泊まりできるように整えます。

早急にやりたいことは、

  • 残りの残置物の撤去
  • 一部天井リフォーム
  • 畳を撤去して板張り
  • 壁の漆喰塗り

などなど、他にもやりたいことが目白押しです。こだわりだしたらキリが無いので、後はボチボチ活動しながらDIYしていきます。

【今後の活動】

田んぼと畑をやりながら(とにかく早くやりたい)、街の便利屋さんをやりながら(早くやりたい)、足もみ屋さんやりながら、カウンセリング事務所を立ち上げて、空手教室を再開して、シェルターや子ども関連の活動もやりたいなと思っております。ニワトリ飼いたいし、焚き火したいし、歌も歌いたいw w

他にもやりたいことだらけ、可能性は無限かなと。一緒に活動してくれる仲間や支援してくれる方を大募集!!仲間が少しでも増えたら嬉しいし、もっとずっと楽しいだろうな♬

やりたいこと何でもやろう♬人生楽しんだもん勝ちだからね♬

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社会貢献をして利他の実践者になるべく精進してまいります。今後とも宜しくお願いいたします。

私一人ではスムーズにいかないことだらけですが、知恵や道具を貸してくれる友人や応援してくれる仲間がいて、親切な人たちに恵まれ、なにより家族の理解と協力がとても嬉しく幸せです。

今回は活動報告とさせて頂きました。とにかく楽しんでやっております。楽しんでやれているのも皆さんのお陰だなと感じております。

お手伝いに来てくれる人は大歓迎です。遊びに来てくれる人も大歓迎です。一緒に活動してくれる人も大歓迎です。冷やかしも歓迎だし、お仕事の依頼も大大大歓迎で御座います(^ ^)

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。

またボチボチ何かしら書いていくので覗いてやって下さいね♬

それではまたm(_ _)m

【お仕事のご依頼はこちらから】

万屋 らいふ

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人間の行動には相手役が存在している

前のblogからずいぶん経ちましたが、個人的に整理したい良いタイミングなのと、アウトプットもしたいので重い腰を上げることにしました。

前回のblogで書いた【目的論】に続いて、今回は私の大好物である3点セットの【対人関係論】について書いてみようと思います。前回のblog↓

目的論と対人関係論の2つだけで人間の行動を見ても、その人のライフスタイル(性格)がそれなりに見えてくるから面白いですよ♬

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【対人関係論】

人間は社会的な生き物です。人間は他者と関わってしか生きられません。人間は他者に影響を与えるように生き、他者に影響されて生きています。それが人間の本質なので、人間の全ての行動には「相手役」が存在します。それは特定の誰かかもしれないし、不特定多数の人たちかもしれない。「いやいや、そんなことはない。私は私の為だけに行動しているんだ。」と言う人がいるかもしれませんが、最終的には「誰に影響を与えようとしていて、誰にどう見られよう、どう評価されたいか。」などに帰結します。

人間は無意識的(あるいは意識的)に「相手役」に影響を与えようとします。

意識的に相手に影響を与えていることには、皆さんも身に覚えがあると思います。

例えば、、意識的に相手を喜ばせようと行動することってありますよね?怒らせようとか、悲しませようと行動したことはありませんか?これらは相手に影響を与えようとしています。

また、泣いたり、怒ったり、喜んだりして、感情を無意識的(あるいは意識的)に「選択」することで相手に影響を与えてもいます。

このように、人間は「相手役」に影響を与えて生きています。

好かれたい相手には、相手に好ましい行動を選択する。嫌いな相手には、相手が不快になるような行動をする。

人々に好かれたい人は善人を演じるし、人々に強くて怖い印象を与えたい人は筋トレするかもしれないし、格闘技を習うかもしれないし、いつも怒ってるかもしれない。

人間の行動には常に影響を与えたい「相手役」が存在しているのです。

【理想の自分】

人間は「理想の自分」を目標に生きています。「理想の自分」とは、他者に見せたい自分です。「いやいや、他者に見せたい自分が理想だなんて!!」と思う人がいるかもしれません。何度も書いていますが、人間は社会的な生き物です。「社会とどのように関わっているか」「社会からどう評価されているか」を理想として掲げます。そして「いつかそんな自分になりたい」というのが『理想の自分』なのです。基本的にほとんどの人がは無意識にぼんやりと目標を掲げていて、そのぼんやりとした目標に向かって生きています。

理想の自分になるために、理想を演じて演じて、練習して定着させようとします。その理想から外れた行動をとってしまうと、(意識的、あるいは無意識的に影響を与えようとして)落ち込んだり悔しがったりもします。

落ち込んだり悔しがったりするのも「選択」であり、対人関係行動です。

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【目的と対人関係】

善人ぶってる偽善者も、自分は善人だと思い込んでいる聖人きどりも、他者にどう見られたいかで行動を選択しています。

前者は本人に自覚があって演じているケースですが、後者は本人に自覚がない(本当はあるんですが)ケースです。もちろん極悪非道な悪者も引きこもりや自称虚無主義者も同じです。

こんなこと書くと反感を買うかもしれせんが、生まれて死ぬまでずっと聖人なんて人は、(意図的にそのように育てらたとしても)おそらく存在しません。あたかも名優が「聖人」を演じるかの如く、トレーニングすることで「聖人」になりきることができます。「悪人」も同じです。板についた「悪人」になる為に、日々弛まぬ「悪の努力」と「悪の選択」をするんです。トレーニングすることで、Vシネマに出てくるような極悪人になりきれるんです。

なんでそんな努力をするのか?

それは、そのように見られた方(印象付けた方)が、本人にとって都合が良いからです。そしてそこに、その人の性向が垣間見えます。

人間は目標に向かって、小さな目的を果たし続けながら生きています。目標も目的も人によって様々です。

同じような対人関係行動でも、人によって目的が違うし、与えたい影響も違います。

『人間のあらゆる行動は対人関係である』

『人間の行動には目的がある』

人間は目的を果たす為に他者に影響を与えようとするんです。

【3点セット】

と、ここまで対人関係論の解説をザックリしました。対人関係論と目的論と認知論はセットです。「3点セット」ですね。

認知論については、また別の機会に書こうかと思っていますが、わかりませんw

なので簡単に説明を貼っておきます。

《認知論》

「人間は自分流の主観的な意味づけを通してものごとを把握する」

過去の経験から得た知識を元に、自分流に物事を判断する。まぁだから、その人の物の見方や認知の偏向、倫理観などによって、目的も行動も決められるんです。

上記を踏まえて、その人の「他者にどのように影響を与えようとしていて、どんな目的を果たそうとしているのか?」が見えてきます。

例えばですが、

お母さんは私を守ってくれると感じている(認知)赤ちゃんは、お母さんに抱っこして貰って安心するために(目的)、全力で泣きます(対人関係行動)。

善人は人々に好かれると思っている(認知)政治家は、有権者に好印象を与えて選挙で当選するために(目的)、綺麗事をならべたり、施設訪問やゴミ拾いをします(対人関係行動)。

簡単な説明をすると、こんな感じですかね。

「正しさ」や「こだわり」の強い人は、「理想の自分」への拘りが強い。演技(練習)にも熱が入っております。主演男優賞も夢じゃあない。私もたくさん練習しましたw

「正しさ」や「こだわり」が強い人は、人生の課題(ライフタスク)を避けている可能性があります。よくよく自分を見つめ直し、要らないものはある程度手放していった方が生きやすいし、課題と向き合えます。人生の課題に挑んでいくのが幸福への一歩です。

unchain-kei.hatenablog.jp

私は「私の行動は全て対人関係行動なんだ」と気づいた時、恥ずかしくなりました。「私は何を演じて生きとったんやw」と。どうやら自分の行動がバカらしくなってしまったようです。そして自分と他者を対人関係論と目的論で観察しているうちに、この『対人関係論』が大好物になってしまったわけです。笑

【終わりに】

自分はどんな目標に向かって生きているのか?を知るのはとても難しいです。意識的に自分と向き合ってみても、簡単に見えてくるものでもありません。専門家に頼る以外では、積極的に他者と関わり、フィードバックを受けとり、客観的に自分を観ることを続けなければ見えてきません。

自分がどんな理想を掲げているかを見ることができたら、人生の結末を想像することができます。結末を想像することで、そのまま目標に向かって生きるのか、違いを作り出したほうがいいのか、幸福に生きるための選択がしやくすなると思います。

 

ここまで読んで頂き有難うございます。今回はとても良いタイミングで頭の整理が出来て良かったなと思います。

また、次も「ちょいと役立つ心理学」を書けたら楽しいし嬉しいです。

今回も誰かのお役に立てたなら幸いです。

有難う御座いました♡

 

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人間の行動には全て目的がある

ご無沙汰しております。

愛と真理の探求者で御座います。

これまでアドラー心理学についてザックリと書いてきましたが、今回からは以前に書いたアドラー心理学の五つの理論を少し掘り下げて書いてみようと思います。

unchain-kei.hatenablog.jp

今回は目的論です。

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【目的論】

・人間は「目標」を掲げて生きています。その目標に沿った「目的」に合わせて行動をします。

・「目的論」は古代ギリシャの哲学者「万学の祖」アリストテレスが起源とされていて、アドラーが再び採用しました。

アドラー心理学は「原因論」を採用しておりません。原因論は「私は◯◯だからやらない」とか「出来ない」、「◯◯だからこうなった」と、過去の出来事からやらない理由(トラウマなど)を持ち出します。原因論では問題は解決しません。アドラー心理学は「目的論」を使って問題解決へ導きます。目的論では、人間の全ての行動には目的があると考えます。その人のその行動の目的が何かを明らかにすることによって、その人が抱えている問題の解決に近づくことができます。

例えば、、

毎朝体調が悪い人の目的は学校や会社に行きたくないのかもしれない。成績が悪いのを体調不良のせいにできる。学校や会社を休む、もしくは辞めることが目的かもしれない。親や先生、クラスメイトに心配されたり構って貰うのが目的かもしれない。

よく怒る人の目的は、他者に特別扱いされたいのかもしれないし、自分は怒ると怖いんだぞと思わせること、他者をコントロール(しやすく)することかもしれない。

他者をコントロールしようとする人は、自分が優位であることを示したいのかもしれないし、自分が非難されたりすることを避けているのかもしれません。

学校や会社でうつむいて歩いている人は、話しかけて欲しくない、他者と関わらない目的があるのかもしれません。

「私は変わってるから」と言う人や、自分は特殊な能力(神秘的な能力とか)があると思っている(思い込んでいる)人は、自分は特別なんだと思いたい、もしくは特別扱いされたいのかもしれません。自分の価値観に近い人以外の他者を避けている可能性もあります。

とまぁ他にも色々ありますが、キリがないのでこの辺にしておきます。

いずれにしても本当の目的は本人にしかわからないのだけど、全ての人が無意識に選択してやっているので本人にもわからないってことが多いです。注意深く自分を見つめてみて初めて気づくことがあります。

なぜ無意識に選択しているのかというと、過去に似たような行動で上手くいった経験があるから、繰り返し使うことで自動化されています。多くは幼少期から小学生くらいの成功体験を元に繰り返し使っているんです。大人になってもずっと使い続けます。大人になって同じ選択をしても上手くいかないことがあるはずなのに、「次は上手くいくはずだ」と使い続けるんです。

子どもの頃に泣いて怒って親をコントロールした経験を元に、社会に出て同じことを繰り返しても上手くいかないでしょ?とっても不便だと思いませんか?

「不便そうだからちょっと変えてみませんか?」って言いたいのよね私は。アドラー心理学を使ってね。

この「目的に向かって無意識に選択している(自動反応)」ということに気づくことが大切なんですが、なかなか難しいんですよね。特に自分のことは思い込みが邪魔をして全く見えてこない。だから私はそのお手伝いをしています。(他人のことはよく見えるんだこれが)

さて、自分の行動の目的がわかれば話は簡単です。その行動が自分の人生でうまくいっていない部分であれば、意識的に選択(行動)を変えるだけです。うまくいっていると思い込んでいる可能性があるのでご注意ください。うまくいっているか、うまくいっていないのかは、「私の◯◯なところをどう思う?」と家族や友人に聞いてみると良いでしょう。

うまくいっていない部分は、違う選択をする練習が必要です。何ごとも練習あるのみですからね。

【3点セット】

目的論は対人関係論と全体論の3点セットで観察すると人間がよりよく見えてきます。(もちろん五つの理論はセットなんですが)

3点セットについては、対人関係論と全体論について書いた後にでも説明したいと思います。

『人間の行動には全て目的がある』

これを意識できたら無意識な生き方から意識的な生き方にシフトする足がかりになると思いますよ。

 

今回もつたないblogを読んで頂き有難うございます。またボチボチ書きますので宜しくお願い致します。

ではまた(^ ^)

 

前回のblog

unchain-kei.hatenablog.jp

 

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「わかってもらえない」人たち

【知彼知己  百戰不殆】

『彼を知り己を知れば百戦殆うからず』という言葉を見聞きしたことはないでしょうか。

これは、古代中国の兵法家孫子の言葉といわれています。

意味は、「相手(敵)を知り、自分(味方)を理解していれば、100回戦ったって敗けることはないであろう。」といった感じで訳されることが多いのではないでしょうかね。(真意は本人に聞いていないのでわかりませんw)

この言葉は兵法家の言葉なので「戦い」のことを言っているのでしょうが、現代社会では「ビジネスでも同じことが言えるよね」と言われています。商談相手を知ることで相手の欲しいものを提供できます。自社の強みを知ることでより良いサービスを提案することもできます。ライバル企業を知ることで他にない自社の強みが見えてきたりするものです。

【人間関係】

私はこの教訓が人間関係にも同じことが言えると思っています。他者のことをよく知り、自分のことを深く理解できていれば、関係は良好になりやすいのではないでしょうか。

わたくし「生き直し」を始める前はよくやっていたのですが、「他者に自分のことをわかってもらえない」と思っておりました。私は他人に理解されないと思い、「寂しい」「悲しい」を感じて、さらに殻に閉じこもり、他者を遠ざけて「孤独」を演じておりました。今思えば滑稽な話なんですけどね。そもそも理解してもらおうと努力していない。そして、なにより自分のことを理解して欲しいくせに相手を理解しようとしていない。「理解されない」と思って生きている人の多くは、理解する努力も理解される努力もやっていない。やっているとしたら、私のように自作自演のパターンか、「理解してくれよ」と押し付けているだけかもしれませんね。

野田俊作さん( 日本におけるアドラー心理学の第一人者)の子育ての本に書いてあったことなんですが、『 基本的安全感(人々は仲間)と基本的信頼感(自分を信頼)が、人間が正気を保てる二つの要素』だそうです。このどちらか一方、もしくは両方を感じていないと精神科に通うような大人になってしまうよ、とのことです。「人々は敵だ」と基本的安全感を感じられず、「私はダメなんだ」と基本的信頼感を感じられないでいると、心が壊れてしまうんですね。

と、話が逸れてしまいそうなので軌道修正します。人間関係を良好にする話です。

他者を理解しようとするには、この「基本的安全感」がとっても重要なんだと思うわけです。人々は仲間なんだと感じられるから、他者を理解しようと思えるんだと。

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【人々は仲間である】

かつて私も「私は理解されない」と孤独な男を演じて生きていたわけなんですが、私は人々を「敵と味方」に区別していました。結構やってる人が多いみたいなんですよね、これ。「いやいや、私はやってないよ」と仰る人もまぁまぁな確率で無意識にやっちゃってます。味方を作ろうとすると、必然的に敵が存在することになりますからね。でね、私は意識的に「敵と味方」という言葉を使わないようにしたんです。基本的に人々は善意で生きている仲間なんだと思うようにしたんです。そうしたら敵も味方も無くなって、人々は仲間なんだと感じられるようになったんです。実際には悪意のある人もいるんでしょうけど、悪意だけに満ち満ちている人なんてあまり存在しない。悪意のある側面を多く持っている人でも、大切な人には善意で接しているはずなんです。だからまず私から仲間だと思って接すればいいんだと思えるようにまでなりました。(これはまだ修行中)

目の前で起きている現実は私が創り出しているんだ。『全ての源は私なんだ』という床に立って「他者と良好な関係を築くんだ」と関わっていけば、人々を理解しようという気持ちになるし、人々に理解されようと努力するわけです。

【他者と繋がる】

他者を深く理解するためには、他者と関わるしかありません。他者に自分を理解してもらうには、これまた他者と関わるしかありません。他者と関わるには勇気が要りますね。否定されるかもしれないし拒絶されるかもしれないから勇気が要る。傷つくのが怖いから他者と関わることを避けてしまう。しかし人間は社会的な生き物だから人々と関わって生きるしかないんです。真の幸福は人々との繋がりの中にしかないのだから。どれだけビジネスで成功しても、お金をたくさん稼いで幸福なつもりでも、他者との繋がりを感じられていない人は真の幸福を知らないか、かつて感じた幸福感を忘れてしまっているのかもしれません。

【勇気のある人】

先に 『 基本的安全感(人々は仲間)と基本的信頼感(自分を信頼)が、人間が正気を保てる二つの要素』と述べました。子どもの時からこの二つが自分の中に育まれていれば、勇気のある健全な大人に成長するのではないでしょうか。どちらか一方でもこの感覚が育たずに大人になってしまうと、容易に勇気がくじかれてしまいそうです。

因みに、これまた野田俊作さんの「アドラー心理学と子育て」からの引用なのですが、

・勇気のある人

したくてもしてはいけないことをしない。

したくなくてもすべきことをする。

人々と繋がることは、「したくなくてもすべきこと」です。幸福に生きたいのなら、傷ついて勇気がくじかれてしまっても他者と関わって生きるしかないのです。

では、基本的安全感や基本的信頼感が持てていない大人、勇気をくじかれてしまった大人はどうすればいいのか?それは、とにかく他者が喜ぶこと(役に立つこと)を考えて、ちょっとでもその考えを行動に移していくことです。家族でも友達でもいいし、職場の同僚や隣人でもいい、なんなら道行く全くの赤の他人でもいいんです。「私は仲間ですよ」と行動する。誰かが喜んでくれたり誰かの役に立つことが自信になる。「人々は仲間なんだ」と思えるし「私は大丈夫だ」と思えるわけです。人々に貢献することが自分への勇気づけになるんです。

【彼を知る】

何度も書いておりますが、社会的生き物である人間は、他者と関わり繋がりを感じなければ真の幸福感を得ることはできません。

勇気をくじかれてしまい、「わかってもらえない」と人々と関わることを避けていては幸福から遠のいていきますね。だって、ずっと「わかってもらえない」からね。良好な人間関係は他者を知ることから始まると言っても過言ではないのではないでしょうか。目の前の人を理解する。何ならその人の生い立ちから今の感情まで知り共感することが出来たら、相手も私を理解しようとしてくれる。「私が源」となり相手に興味を持つことで、相手も私に興味を示してくるのではないでしょうか。

【己を知る】

基本的安全感(人々は仲間)が健全に持てていない人は他者からのフィードバックを批判や攻撃と捉えてしまいがちです。

基本的安全感がある人は、他者からのフィードバックを素直に受けとめやすいと思います。仲間からのアドバイスとして「なるほど、私は他人からそのように見えているんだな」と自分の成長のために受けとめられる。この「フィードバックを聞く」ことが、己を知ることになるんですよね。

自分が他者からどのように見えているか、私はどんな人間なのかがわかれば、不適切なところを修正したり他者との接し方を見直したりできます。

【彼を知り己を知れば百戦殆うからず】

全ての人と良好な関係を築くことは難しいし、その必要はないとはおもいます。「あ、この人とはちょっと馬が合わないな」と思えば近づく必要はない。ただ、やっぱり家族や友人との関係は良好な方がいい。仲間や近しい人たちのことを理解し、自分のことを知り相手にも知ってもらうことで関係は深くなる。もちろんお互いに理解し合ったうえで、家族だろうと友人だろうと合わなければ適度な距離まで離れればいいと思います。お互いの性格が合わなくても「私たちってこれくらいの距離感がちょうどいいねっ」って話し合えたら、それはそれで良好な関係なのかもしれませんね。

【終わりに】

過去に私がひょんなことから受講したセミナーは心理学を取り入れているのですが、私はお手伝いを時々やっておりまして、受講している方々と関わることで私自身がとても学びになっております。受講生は自分が他者や社会とどのように関わっているのか、自らの課題に気づき修正していくことで人生に違いを作り出していきます。自分の特徴や傾向を知り、家族や友人、同僚などとどのように関わると、より幸福であり生きやすいのかを見出していきます。有り難いことで、そんな方々を援助しながら私も成長させて頂いております。感謝。

 

私のブログをもし最後まで読んで頂き役立ててくれる方がいらっしゃるなら、私は幸せで御座います。有難う御座いました。

 

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人生を変えるはじめの一歩

こんにちは。

愛と真理の探求者でございますm(_ _)m

前回は「怒る人」について書きました。良かったら覗いてみてください。

unchain-kei.hatenablog.jp

さて、何かと生きづらい現代社会、もう少し楽に豊かに生きたいなぁと思ってしまうものですよね。

私は長年とても不便な生き方をしてきました。今思えばとても苦しかったと感じています。今では随分と生きやすくなり、幸せに暮らしております。

なので今回は、私が生き直すのに役立った教えをご紹介をさせて頂こうかと思います。(全く興味がないとは思いますが、ちょっと付き合ってくださいww)ちょっと小難しいこと書いてありますが、気にせず読み進んでいって下さいm(_ _)m

【人生は苦しいのか】

その昔、仏陀は「この世界の全ては苦しみである」と説いた。原始仏教における四法印一切皆苦です。四法印とは、仏陀が説いたとされる四つの真理です。

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その真理の一つである一切皆苦とは「人間の生は苦しみである」という教えです。人間は生まれて生きて苦しみ、年を重ねて老いて苦しみ、病に苦しみ、そして死ぬことで苦しむ。これを「四苦(生老病死)」と言う。その四苦に「愛別離苦(あいべつりく)大切な人と離れる苦しみ」「怨憎会苦(おんぞうえく)嫌いな人と会う苦しみ」「求不得苦(ぐふとくく)欲しい物が手に入らない苦しみ」「五蘊盛苦(ごうんじょうく)体も心も思い通りにいかない苦しみ」の四つを足して「四苦八苦」と言う。(日本で最も身近な仏教用語の一つとされているが、使い方はずいぶん違いますね。)

人間はあまねく全ての煩悩を源に苦しみながら生きるのだとされます。仏教ではなんともネガティブな発想で人生を表していますが、きっとネガティブな方が衆生を救うのに都合が良いのでしょうね。

そのままの人生は苦しいことだらけだから、楽になる方法ありますよーってのが仏教だと思います。では、どうしたら楽に生きられるのでしょうか。

【心と身体の修行】

私たちの人生は苦しみで、苦しみから解放する方法を教えてくれているのが『仏教』『ヨガ』であります(きっと他にもたくさんある)。心の修行に特化したのが仏教で、心と身体の両方からアプローチするのがヨガなのかなと私は思っています。私はヨガはあまり詳しくないのですが、ヨガ経典などには仏教(特に密教)と同じような教えが多いそうです。カルマとかはよくわかりませんが、確かに心と身体は繋がっているので、身体に記憶された感情などからアプローチするのは効果が高いのかもしれません。呼吸を整えるだけでも心が穏やかになるのも体感であります。一般的に「ヨガ」というと、体操っぽいものがほとんどだと思いますが、2000年に渡り伝えられてきた確かな修行法があります。

仏教は主として思考と行動へのアプローチだと思っています。法(ダルマ)に従い生活を整え、戒律を守り、心の鍛錬を行うと寂静の境地に至るとされています。原始仏教の修行法として四諦八正道』なるものがあります。厳密には四諦」という四つの悟り「八正道」という八つの修行法です。私は奥さまとの出会いをきっかけに、仏教を全く知らない状態で八正道と同じような修行に入っていましたが、感覚としてはとても素晴らしい修行だと思います。

ヨガと大乗仏教の共通の修行法として「パーラミター(波羅蜜)」があります。こちらもとてもわかりやすく良い修行だと思います。ヨガと大乗仏教は共通の修行法が幾つもあります。当時は互いに影響しあって発展したのでしょうね。

【中国三教】

世界三大宗教に挙げられる仏教ですが、中国でも三大宗教の一つとされています。残りの二つは儒教道教です。儒教は世を治め、仏教は心を治め、道教は身を治める」と言われており、どれも素晴らしい教えだと私も思っております。

孔子が説いた儒教は、リーダーや経営者向けの教えだと思ってもらえればわかりやすいです。日本では儒教は古来より教育に用いられてきました。 五つの徳『五常(仁・義・礼・智・信)』を用いて世を治めることを理想としました。日本人の道徳の源になっているのが儒教だと言われています。

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時事ネタですが、新一万円札に描かれている「渋沢栄一」も儒教を元に「論語と算盤」という本を書いていますね。私は渋沢栄一が全く好きじゃないんですけどねw

 

次に道教老子が祖とされていますが、老子が実在したのか、いつの時代の人なのか真相は不明です。後に老子の思想を荘子が展開したとされていて、老荘思想として伝えられています。道教は人間が社会や自然とどう付き合うか、人間はどのように生きることが自然なのかを教えてくれています。老子無為自然」「足るを知る」「上善は水の如し」や、荘子胡蝶の夢」「井の中の蛙大海を知らず」は有名ですね。

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日本では江戸時代に二宮金次郎(二宮尊徳)儒教道教を取り入れ、経済の指南を行ったことが有名です。報徳思想として日本の教育に多大な影響を与えています。

仏教は言わずと知れた世界三大宗教の一つです。神道と共に日本の文化には深く浸透しています。儒教道教も素晴らしい教えなのですが、「こうやって生きなさい」という結論ありきの教えでした。その修行方法を仏教が補完していると考える人たちもいます。なので三教合わせることで最強の教えになるなと私も考えています。

アドラー心理学

100年ほど前、儒教道教、仏教の三教をさらに補完する学問(だと私は思っている)が登場しました。それがアドラー心理学と言われている『individual psychology』です。

アドラー心理学は心理学でありながら哲学的思想を有しています。古の教えである三教の思想や修行方法を現代的にサポートしてくれています。儒教道教に興味が無くても、最近の社会の傾向を見ていると仏教に興味がある人は増えていると肌感覚としてあるので、仏教とアドラー心理学を合わせて学ぶと理解がグッと深まると思うし、ある程度の境地までは辿りつきやすいのではないかと考えられます。あくまでも私の感覚ですけどね。

アドラー心理学の基礎知識①  よかったら見ていってくださいませ。

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【人生の意味】

そもそも、人生に意味はあるのか?そんなことはわかりません。わかっていることは、人間は死ぬために生まれてきます。死にむかって生きて土になるために死ぬのです。それが自然であり命の循環です。自分の人生に意味を付けるのは自分です。自分で意味を付けない限りは考えたって答えは出ません。時折、自分探しの旅に出る人を見かけますが、答えは自分の中にしかありません。旅をして見つけられるのはスケールの小さい自分くらいなものではないでしょうか。まぁヒントは見つかるかもしれませんね。

短い人生を有意義に過ごしたいのであれば、自分という人間をよく理解して何ができるかを考え、自分の人生にどんな意味を持たせるかが大切なんだと思います。

話が逸れましたw

人生に意味があるのか?意味はないのか?そんなことを考えることに意味があるのか?どちらにせよ人間は生まれて死んでいきます。人間は無駄なことを考えることが大好きな生き物です。「あの時こうしておけばよかった」などと過去の出来事を悔やんで考え、「この先〇〇になったらどうしよう」と起きてもいない未来のことを考えて夜も眠れなくなって更に悩む。今この瞬間を100%で生きていればそんな暇はないはずなんです。生まれたんだから、今を大切にただ生きればいいんだと思います。

【他者との関わり方】

以前のブログでも書いた通り、人は一人では生きられません。助け合って生きるのが人間です。

こちらも以前に書いたブログですが参考までに。

unchain-kei.hatenablog.jp

偉業を成した偉人たちが、家族や友人との関わり方を悔やんで死んでいったという話をよく見聞きします。結局のところ、個人として何かを成し遂げることも良いとは思うのですが、他者とより良い時間を過ごすことが豊かな人生と言えるのではないでしょうか。

家族や友人との時間を大切にして、喜びや悲しみを共有することこそが、人間という生き物の生き方なのだと思います。

【どのように生きるのか】

どうやって生きるのが善いのかってお話しでしたね、、前置きが長くなってしまいましたw

私は豊かに楽ちんに生きるのが善い生き方の一つだと思っています。

まず「豊か」とは、前に述べた通りです。他者との時間を大切にし、喜びや悲しみなどを共有、多くの人とわかり合うことが豊かな人生だと思っています。

「楽ちん」なのですが、これが生きていくうえでとても大切なんですが、難易度が高いと感じる人が多いのではないかと思います。なぜ難しいかというと、自分の「在り方」そのものが「楽ちん」にならなければなりません。物事を深刻に捉え、深刻に考える人にはなかなかハードなシフトチェンジかと思います。

【楽ちんに生きる】

ザワザワしたり、イライラしたり、モヤモヤしたりせず平穏に生きること、争いなく人々と分かち合って生きること、そして自然体で楽しく前向きに生きること、こんな生き方が「楽ちんな生き方」じゃないかと思います。

前に書いた「三教」と「アドラー心理学は現代にも通ずる「人間が楽に生きる方法」を説いています。今だからこそ学校で教えて欲しいことばかりなのに、義務教育では殆ど触れることもありません。なので自ら選択して学ぶしかない。しかし、現代は欲望にまみれ、情報が溢れて錯綜し、何が真に大切なことなのか見つけ難くなっているので、誤った選択をしてしまう人がとても多いと感じています。そんな今だからこそ必要な教え、「自分の在り方」「人との繋がり方」「社会との向き合い方」のヒントが、儒教道教や仏教やアドラー心理学にギュギュッと詰まっています。もし機会があれば、この三教とアドラー心理学に触れて欲しい。そして「楽ちんな生き方」にシフトしくれたら嬉しく思います。

【終わりに】

今回は三教やアドラー心理学についてあまり詳しく書きませんでしたが、変わりたいと願っていた私にそれぞれ影響を与えてくれた確かな教えです。私の人生を変えた教えを簡単に紹介させて頂きました。現代風にわかり易い本もたくさん出版されていると思いますので、もしご興味を持って頂けたら、まずは書籍をAmazonやメルカリででもポチッとしてみて下さい。

何ごとも練習だと思います。私たちは今までの生き方を練習してきたのです。生きづらさを少しでも感じているなら、三教やアドラー心理学に限らずヒントを見つけて新たな生き方の練習をしてみてはいかがでしょうか。

私もまだまだ修行(練習)が足りません。これからも学びを深めて精進していきます。

私のブログが誰かの何かのお役に立てたら嬉しいです。

 

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拝啓 親愛なる怒れる人たちへ

《怒りの滅し方》

こんにちは。

愛と真理の探求者です。

前回はアドラー心理学の「勇気づけ」について少し書いたので併せてお願いします。

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さて、近年「アンガーマネジメント」という言葉を見聞きすることが増えました。(古い)

私は数年前まで怒りを肯定してきました。怒りっぽい自分を正当化したかっただけなんですが、当時は「怒りは正義を貫く時に必要だ」とか、「革命は怒りによって成される」とか戯言をほざいておりました。しかし、怒りまくってきた私は怒りには何のメリットも無いことに気づき、今では怒りを完全に否定しています。

怒りは全てを壊す『破壊の感情』です。

怒りは人間関係を壊し、物を壊し、人を殺し、戦争を引き起こし、世界を破壊します。何も生み出さないのです。

怒りのコントロール方法や怒りの正体については古くから仏教や哲学、心理学など(私の大好物たち)で多く語られてきました。

ということで、今回は『怒りの滅し方』について私なりに書いてみようと思います。

【怒りは二次感情】

人が怒る時、「怒り」の前に感じている感情があります。「悲しみ」や「怖れ」、「悔しさ」や「恥ずかしさ」などを一次感情と言い、一次感情で傷ついた自分、傷つきそうな自分を守るために「怒るという選択」をしています。

「お前のせいで傷ついた!」「これ以上傷つけないで!」「あっちへ行け!」と攻撃に転じるのです。

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【感情を選択している】

前に書いた通り、感情は選択して使っています。多くは他者をコントロールするために。幼い頃からずっと使ってきた自分にとって使いやすい感情を選択して使います。

赤ん坊の頃は泣けば大人は動いてくれますが、泣いても他者が動いてくれなくなってくると他の感情を使うようになります。親や周囲の大人が怒りっぽいと、怒りを使う様になるかもしれません。「なるほど、怒れば人は動くんだ」と学習するわけです。

(「感情を選択している」と書きましたが、とうぜん家族や友達が亡くなったら悲しいし、怖いことがあれば怖れます。自然と湧いてくる感情はあるのですが、それを表面に出して「使う」かどうかは別です。悲しいけど楽しむ人もいれば、怖いけど勇んで挑む人もいるわけです。)

怒りは二次感情であり選択して使っています。怒りは主に他者を支配(コントロール)する為に使われる感情です。

例えば、他者を屈服させたり服従させる。距離を取る。 丁寧に接して欲しい。などなど、他者を自分の思い通りに動かしたい時に使っています。

【まず自分を知ること】

今回のテーマが「怒り」なので怒りを例に書きますが、怒りが咄嗟に出てしまうという人は、心が傷つかないように自動的に反応してしまっています。自分を守るために瞬発的に怒りを出すトレーニングを続けてきた結果、怒りを出すエキスパートになってしまっているのです。このように自分の意思とは関係なく反応することを『自動反応』と言います。

他の感情でも同じです。「楽しい」「悲しい」「悔しい」「恥ずかしい」など、自分が使い慣れた感情を自動的に選択して使っています。

どのように世界を見ているのか?どんな目的があるのか?誰に対してなのか?で選択も反応も変わります。

これはアドラー心理学でいうところの、「認知論」「目的論」「対人関係論」です。

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 怒りを滅したり感情をコントロールしたいなら、先ずは自分はどんな時に?どんな相手に?どんな反応をしているのか知ることが大切です。自分の癖や傾向に気づくことです。自分の癖や傾向を知ることで、「いま◯◯やってしまっている」と気づきます。気づけば軌道修正が可能なのです。軌道修正というのは、自分の性格に「てこ入れ」するってこと。そもそも感情を使って他者とコミュニケーションを図るのは子どものやることです。なので「再教育」と言っても良いのかもしれません。

[怒る人の特徴]

  • 自分が可愛い、大好き
  • 被害者意識が強い
  • 私が正しいゲームをやっている
  • 劣等感が強い
  • 支配欲が強い
  • こだわり強い
  • 怖がり、臆病
  • ありもしない「敵」が存在する

よく怒る人は自分が大好きで自己執着の強い人。

【性格を変える】

自分の癖や傾向を改めるということは、ざっくり言えば性格を変えるということです。性格を変えることは容易ではないかもしれません。一般的に「性格は変わらない」と、多くの人に思われているんじゃないでしょうか。

性格を変えるには、自分の信念、認知と選択の偏りを理解すれば容易に変えられると思っています。が、変えたいと言いながら変わらない人は、変わりたくない人なので、「性格は変わらないものだ」と思われても仕方ないですよね。だって変える気がないんだもん、変わらないよね。笑

今までその性格を「練習」してきてしまっているので、「性格を変えたい」と願うだけでは簡単には変わりません。本気で変わりたいなら違いを作る「練習」が必要なのです。行動で違いを作ることでしか性格は変えられません。やはりそれには少なからずの努力が必要かもしれませんね。

【怒りの正体】

『怒りの滅し方』に入る前に、怒りの正体について少し書いておきたいと思います。

怒りは完全に100%エゴです。怒る人は自分のことしか考えていません。相手が傷つこうが周りの人が不快になろうが、自分さえ良ければいいのです。

あるヨガマスターが「怒りは自分の苦しみを他者に押し付ける行為だ」と言っていました。面白い表現だと思いましたが、私もまさにその通りだと思っています。怒ってる本人はスッキリするかもしれませんが、その怒りは他者を嫌な気持ちにさせたり苦しめたりします。

なんであろうと自分に起きた事象と心の働きは自分の問題です。自分で苦しみを処理する力がないから他人に押し付けるという無責任な行為なのです。

「何をされても怒るな」と言っているわけではないんです。所詮は人間なんて醜いものです。私も理不尽に傷つけられたり、我が子が殺されたら当然怒りを選択してしまうでしょう。我が子じゃなくても幼い子どもが殺されれば怒りを選択すると思います。

ただ、これが怒りの正体だということです。

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【怒りを滅するには】

ブログの内容を読んで「ふざんな」「そんなこと知るか」と途中で読むのを止めた人もいるかもしれませんね。でも、ここまで読んで貰えたということは、もう理解して頂けるかと思います。

怒りを滅する方法は、愚かな自分を戒める床に立つことです。怒りを出すということは幼稚で自分勝手、エゴにまみれた醜い行為をしていると自覚することから始まります。

以前、『他者貢献』について書いたブログがあります。良かったら参考までに読んでみてください。

unchain-kei.hatenablog.jp

怒りは他者貢献の真逆にあります。怒る本人も周りの人も苦しめて不幸になる感情です。他者と繋がることに怒る必要なんてないんです。冷静に対話を続ければ問題は全て解決します。

とはいえ、怒る自分を自覚したからといってすぐに怒りが消えるのかというと、なかなか上手くいかないものです。なので、まずは第一段階として「一次感情を感じて冷静に伝える」というトレーニンを私はお勧めしています。

例えば、あなたが誰かに何かを言われて悲しんでいるとします。その悲しみをしっかりと感じきることから始めます。

そして 「私はあなたの言葉でとても悲しい気持ちになりました」と冷静に相手に伝えるのです。伝えた相手がどのように反応するかは相手の課題です。

人は侮辱されたり傷つけられると「戦う」か「逃げる」か(fight or flight)でコミュニケーションを断とうとします。前の2つを練習することで他者とのコミュニケーションが少し深くなります。同時に耐え忍ぶ心が鍛えられるかと思います。大乗仏教六波羅蜜にある「忍辱」(にんにく)という修行です。この修行により心の静寂を得ることが出来るとされています。

【まとめ】

怒りは幼稚なコミュニケーションです。大人が使うとしたら、それは醜く恥ずかしいことだと知って下さい。そして己の感情に気づき、しっかり感じてから冷静に相手に感じたことを伝えましょう。 いつまでも腫れ物に触るように扱われていては幸せになんてなれませんよ。

はじめの一歩は勇気がいります。でも勇気を出して行動に移すことで、あなたも周りの人たちも幸せになります。これは絶対です。

あと、怒りをだしてしまったら「自分はクソ野郎だ」と認めて素直に謝ることをお勧めします♬

【終わりに】

怒りについて私の見解と滅し方を書いてみました。いかがだったでしょうか?

読んで頂いた皆さんの中には全く受け入れられない人もいることでしょう。でも受け入れようが拒絶しようが、仏陀イエス・キリストが説いてきたことと同じようなことを伝えただけです。何が言いたいかは察して下さい。笑

 

次は何を書こうかな〜。

考えを文章にまとめてアウトプットするのは楽しいです。

誰かの役に立てていれば幸いです。

では皆さま、善き人生をお送り下さい。  敬具

 

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